「電書バト」電子コミック11円セールで売上総額3億円超の衝撃とAmazonのエブリデーロープライス戦略

電書バトキャンペーン!!2016年2月 楽天kobo スペシャルプライスセール!!! - お知らせ|漫画onWeb


電書バトキャンペーン!!2016年2月 楽天kobo スペシャルプライスセール!!! – お知らせ|漫画onWeb

漫画家・佐藤秀峰さんの運営する電子取次サービス「電書バト」が仕掛けた電子コミック11円キャンペーンで、売上総額が3億円を突破したという発表がありました。これがどういうカラクリだったのかを、公開されている情報から想像してみます。

最初にお断りしておきますが、あくまで公開情報からの「想像」です。佐藤秀峰さんに取材したわけではないので、間違っているかもしれません。ただ、恐らくそんなズレた想像ではないという確信もあります。

事実:公式のキャンペーンは楽天Koboだけで行われた

佐藤秀峰さんの「マンガonウェブ」で、2月3日にセールのお知らせ記事が公開されました。それが「電書バトキャンペーン!!2016年2月 楽天kobo スペシャルプライスセール!!!」です。記事アーカイブには、他のセール情報が載っていないので、公式のキャンペーンは楽天Koboだけで行われたことがわかります。参加した漫画家は23名。42タイトル131冊が対象です。

事実:Kindleストアでもセールが行われていた

同じタイミングで、Kindleストアでもセールが行われています。以下は予測ですが、恐らく楽天Koboのセールへの対抗です。Kindleのセール情報まとめサイト「きんどう」でも「他ストア対抗!」とタイトルに入れており、楽天Koboのセールへの対抗で行われたという認識がうかがえます。

Amazonはエブリデーロープライス戦略

ではなぜKindleストアは、楽天Koboのセールに対抗するのでしょうか?

Amazonの基本戦略は「エブリデーロープライス」です。これは西友やヤマダ電機など、大手の小売量販店がよく獲る戦略で、もとはウォルマート社の経営哲学です。「他店より1円でも高い場合は店員までお申し付けください」というアレです。

Amazonの商品詳細ページにはすべて「さらに安い価格について知らせる」というリンクが付いており、ユーザーからのフィードバックを受け付けています。

「さらに安い価格について知らせる」

ただ、Amazonでは「他店より1円でも高い場合」に必ず値下げするわけではなく、「お客様からの情報を参考にして、さらにリーズナブルな価格でご提供できるよう努力します」くらいの緩やかな表現になっています。

AmazonのEDLP

ユーザーからのフィードバックだけを参考にしているわけではなく、通称「プライスクローラー」が競合ストアを定期的にチェックしているようで、セールが始まると自動で価格を調整します。ただし「他ストア対抗!」で値下げをするのは、Amazonが競合ストアだと認識しているところに限られるようです。

この辺りは以前から観測されていて、競合ストアでも認識されていること(下記記事参照)なので、ほぼ事実と言って差し支えないと思います。体力がある企業じゃないと、やれない戦略ですよね。

余談ですが、こういうセールはKADOKAWAがよく仕掛けています。

勝手セールではロイヤリティが希望小売価格から計算される

ここまでは前置きで、ここからが重要なところです。

Kindleダイレクト・パブリッシング(KDP)のヘルプには「競合他社との価格整合性(英語版では”Matching Competitor Prices“)」という項目があり、価格調整を行う場合がある旨が明記されています。

KDPのヘルプには「ゼロ以外の金額に価格調整を行った場合は、上記 B のロイヤリティの計算方法がそのまま適用されます」と書いてあります。そしてBには「35% のロイヤリティ レートに、電子書籍の希望小売価格から付加価値税等を差し引いた金額を乗じます。」とあります。

つまり、Amazonが勝手にプライスマッチングした場合、ロイヤリティは希望小売価格から計算されるのです。これは、KDPに限らず、取次経由でも直接取引でも、同じ条件になっているはず(ここだけ予想)です。

3億円のすべてが「11円」ではない(はず)

「公式のキャンペーンは楽天Koboだけで行われた」という事実。「Kindleストアでもセールが行われていた」という事実。「KDPでプライスマッチングが行われた場合のロイヤリティは希望小売価格から計算されている」という事実と、KDP以外も同条件という予想。

つまり「電書バト」の電子コミック11円キャンペーンによって生まれた3億円という売上は、11円を積み重ねたわけではなく、Amazonが勝手に行ったセールによって逆ザヤが発生し大きな売上になった、ということだと思われます。

Kindleストアと楽天Koboの差は?

MMD研究所の「2016年電子書籍に関する利用実態調査」によると利用率は、Kindleストアが45%、楽天Koboが28.6%(※男女合わせた数値はPDFに載っています)。楽天Koboの利用頻度や1人あたり購入額がKindleストアにやや劣ると仮定すると、恐らく楽天Koboの売上規模は、Kindleストアの半分くらいです。

個人作家が直接取引した場合、ロイヤリティのレートはKindleストアが35%、楽天Koboが45%。「電書バト」の取引条件は不明ですが、恐らくそれほど大きな差はないと思われます。楽天Koboでの11円セールのロイヤリティは、1部5円くらいということになるでしょう。

問題はKindleストアです。小売希望価格を平均440円と仮定すると、ロイヤリティは1部154円。単純計算で楽天Koboの30倍。上記の売上規模推計からすると、この事例におけるロイヤリティの額では60倍くらいの差があるものと思われます。

つまり「電書バト」の3億円がKindleストアと楽天Koboだけだとすると、概算で、Kindleストアが2億9500万円190万ダウンロード、楽天Koboが500万円100万ダウンロード、といったところでしょうか。

Amazonはそれでいいの?

つまり「電書バト」の電子コミック11円キャンペーンによるAmazonの売上は、11円×190万ダウンロード=2090万円なので、希望小売価格から計算したロイヤリティからからすると、2億7410万円の赤字ということになります。この辺りの数字はあくまで想像&概算で、あまり自信もありません。

問題は、こんな逆ザヤが発生するような施策を打っていて、Amazonはそれでいいの? という点です。もちろん「いい」と判断しているから、機械的にプライスマッチングしているわけです。なぜそれでいいのでしょうか?

それは、短期的に損失が発生したとしても、ユーザーに「Kindleストアで買えばいつでも安い!」と思ってもらえる効果の方が大きいからです。さすが「顧客第一主義」を社是とする企業。徹底しています。ほんと、凄い会社だなーと思います。

なお、ホールセールモデルで契約しているKADOKAWAは、以前からこの逆ザヤを承知の上で競合ストアでのセールを仕掛けている節があります(もちろん、Kindleストア公式セールの場合は、KADOKAWAも費用を負担しているはずです)。

「新KADOKAWA商法」とか「Amazonハック」とか、何か名前付けて呼びたいところ。みんなが真似し始めたとき、Amazonはどう出るでしょうね?

デジタルコンテンツだからできる施策

ちなみにこれって、限界費用が限りなくゼロに近いデジタルコンテンツだからできる施策なんです。複製にコストが発生する物理メディアの場合、原価を下回る単価で卸す時点でどうしても赤字になってしまいます。

ところがデジタルコンテンツは、納品後の複製にコストは発生しません。販売価格11円でもロイヤリティ計算は率なので、卸す側としては安売りによって損が出ることは絶対にないところがポイント。素晴らしい!

あとは、普通にやったら11円なんて小売価格は設定できないので、競合ストアとの調整や交渉が必要になるでしょう。また、そのセールがユーザーに広く認知してもらえるかどうかもポイントになります。

いやー、面白い時代になったなー。

コメント

  1. Unknown より:

    勉強になりました
    しかしこれはAmazonが存在しないとできないやり方なのでしょうか

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