日経MJ掲載『奔流eビジネス:ヤマダイーブック「炎上」電子書籍事業への教訓(三淵啓自)』がツッコミどころだらけで辛い

ヤマダイーブック「炎上」 電子書籍事業への教訓 (三淵啓自) :日本経済新聞

電子書店の閉鎖で発生する「買った本が読めなくなる」問題の原因を、ファイルフォーマットの違いに依るものだと勘違いする人が多いのですが、まさかデジタルハリウッド大学の教授までそんな認識とは……という頭が痛くなる記事。ツッコミ入れておきます。

記事の魚拓はこちらです。

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事実誤認1. 「同じ日本専用フォーマットを採用」ではない

冒頭、「ヤマダイーブック」閉鎖に伴う炎上騒ぎと、それに伴うヤマダ電機の方針転換、過去の閉鎖事例(楽天Raboo)までは特に問題ないでしょう。怪しくなるのは次の段落から。

コボは世界標準のコンテンツフォーマット「E―Pub」を採用。一方のラブーは日本専用フォーマットのため、大量の書籍を変換するのが困難だったのだろう。楽天はコボへの移行プログラムを用意できなかったが、同じ日本専用フォーマットを採用するイーブックイニシアティブジャパンがラブー利用者の救済に乗り出した。

……えーっと。eBookJapanがRabooユーザーの救済に乗り出したのは、事実です。

しかし「同じ日本専用フォーマットを採用」が、完全に事実誤認。当時、RabooはシャープのXMDFとボイジャーのドットブックに対応していました。そして、eBookJapanは自社開発の.ebiにのみ対応していました。eBookJapanがXMDFとドットブックに対応するようになったのは、Rabooユーザーの救済サービスに乗り出した後の話です。

つまり、eBookJapanの移行プログラムにフォーマットはまったく関係ありません。

事実誤認2. 「楽天はコボへの移行プログラムを用意」している

eBookJapanの打ち出した救済策は「Rabooから乗り換えをするなら、5000ポイント差し上げます」という乗り換え促進策で、同じ本が読み続けられるという形の救済策ではありません。それを「移行プログラム」というのなら、RabooからKoboへ移行すれば購入額の40%相当がポイントバックされる措置もあったので、ちゃんと楽天も「移行プログラムを用意」しています。

楽天Koboがオープンしたとき、約束していた配信数に足らなかったこと、その後も「いつまでに何点用意する」という自ら宣言したタイムスケジュールを反故にし続けたことは、当ブログでもその都度批判してきました。

楽天KoboがEPUBだけでいくと決めたことで、当時日本で主流だったXMDFとドットブックをEPUBに変換するのが困難だったのは事実です。だから、同じ本が読み続けられるという形の救済策を、採りたくても採れなかった、という話を後から耳にしました。

余談ですが、この状況が解消されたのは2013年3月31日に終了した経済産業省「コンテンツ緊急電子化事業(略称・緊デジ)」に依ります。XMDFとドットブックを容易にEPUB変換できるようになったため、楽天Koboでの配信数もその後急激に伸びています。

事実誤認3. 海外でReader StoreのユーザーがKoboへスムーズに移行できたのはフォーマットが共通だから、だけではない

一方、今年3月末にソニーが北米での電子書籍ストア「リーダーズストア」を閉鎖した際には、楽天コボがそのユーザーと、購入した電子書籍コンテンツを継承した。両社とも国際標準E―Pubを採用しており、コンテンツの移行も利用端末に関係なく、スムーズに切り替えられるからだ。

そもそも「リーダーズストア」ではなく「Reader Store」です。日本語表記するなら「リーダーストア」でしょうか。これは瑣末なツッコミですが、日経MJには校閲が存在していないのかと言いたくなります。

海外におけるReader StoreのユーザーがKoboへスムーズに移行できたのは、同じAdobe社のDRMを使っていたからです。ちなみにAdobe社が新しく投入したDRMソリューション「Adobe Content Server 5」では、古いバージョンとの互換性に難があることが問題になっています。

つまり問題の本質は、ベンダロックイン(vendor lock-in)なのです。フォーマットがバラバラであろうと、ビューワが対応してりゃユーザーには関係ない話。画像や動画にもいろんなフォーマットがありますが、ほとんどの場合、ユーザーはそんなこと意識せずに閲覧できるわけで。

事実誤認4. サービス終了イコール即閲覧不能、とは限らない

問題の本質を見誤っているので、記事2ページ目の問題点とその対策は、見当違いなものになっています。

(1)特定の機器やフォーマットに依存する仕組みは、サポート中止後にデジタルコンテンツが再生できなくなる。

楽天Rabooで購入したコンテンツは、サービス終了後も読み続けられます。

当ブログでもヤマダイーブックの件は取り上げ、過去の電子書店サービス終了事例をまとめています。

サービス終了と同時に閲覧不能になってしまうケースは、少数派であることが分かると思います。楽天Rabooの場合も「端末認証」した機器が壊れるまでは、読み続けられます。ストリーミング再生型の場合は、サーバーを止めたら即読めなくなりますが、多くの場合はファイルを端末へダウンロードする形なので、ダウンロードした機器が壊れるまでは読み続けられるのです。

ではなぜダウンロードした機器が壊れたら読めなくなってしまうのでしょう? 別の端末へコピーできないのでしょうか? できないようにしているのがDRMです。

事実誤認5. 「囲い込み戦略はユーザーに浸透しにくい」なら、Amazonはナンバーワンになっていない

カナダでかつてコボが優勢だったのはウェブやモバイル端末で閲覧できたからだ。その後、米アマゾン・ドット・コムの電子書籍「キンドル」がコボと同じ仕様にすると、追い抜かれた。つまり囲い込み戦略はユーザーに浸透しにくいのが現実だ。

カナダで2012年の端末シェアはKoboが46%という数字は知っていたのですが、Kindleに追い抜かれたというのは寡聞にして知りませんでした。そもそもカナダではKoboは後発組で、リアル書店との提携によって大きくシェアを獲得しKindleを逆転した、というのがボクの認識だったのですが……。

それはともかくとして、Kindleストアはmobi形式という独自ファイルフォーマットを採用(いまはKF8という名称)しており、思いっきり囲い込み戦略を採っているのですが。仮にAmazonが潰れたら他社がシステム・会員ごと引き受けない限り、同じ問題が起こります。問題の本質はそこじゃない。

「いますぐ全部DRMフリーにしろ!」とは言わないが……

とまあ、記事へのツッコミはそろそろやめにして、最後にDRMについて。一般社団法人日本電子出版協会(JEPA)が出している見解にあるように、DRMはベンダー・読者双方にデメリットをもたらすものです。

DRMはコピー防止対策ですが、その費用を純良な読者から頂くことでもあります。DRMをどんどん強化してゆくのは、配信事業者側の開発負荷が重くなると同時に、読者にとっては使いにくくなり、電子出版普及のために大きな妨げになります。

少なくとも、まじめにお金を払っているユーザーがバカを見る仕組みが、世の中に広く浸透していくのは難しいのではないでしょうか。

DRMフリー(またはメールアドレス埋め込み程度のソーシャルDRM)で配信している電子書店も、少数派ですが存在します。

しかし、「誰でも自由にデジタルコピーできてしまうと、コンテンツ販売商売が成り立たなくなってしまう」という懸念も理解できます。DRMフリーで配信したくても、出版社や著者がそれを嫌っている場合があるのも事実です。なにしろ著作権(Copyright)に基づく商売は、コピー(Copy)する権利(right)を制限することで成り立っているわけですから。

自由に(そしてできれば無料で)使いたいユーザー側と、複製させたくない(そしてちゃんとお金を払ってほしい)権利者側という、真反対の意向のせめぎ合いなので、双方が100%納得する方法というのはなかなかないのが現状です。批判するのは簡単ですけど、多くの利害関係者が絡むビジネスですから、簡単には変えられないですよね。

とはいえ、何もしないで手をこまねいているのではなく、何とか現状を変えようと努力をしているところをボクは応援したいと思います。BOOK☆WALKERの本棚連携のような動きが、もっと他へ波及すればいいのだけどなあ……。

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