2015年5月6日水曜日

クトゥルフ神話はパブリック・ドメイン?──『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。』のボツ原稿


おかげさまでアマゾンのビジネス法入門ベストセラーや、Kindleストア法律のベストセラーなどで、1位を獲得できました。本当にありがとうございます。そこで、没になった原稿を無料公開させていただきます。本編の会話部分ではなく、コラムです。



クトゥルフ神話はパブリック・ドメイン?


 『這いよれ!ニャル子さん』(逢空万太/GA文庫)のヒットで、題材になっている『クトゥルフ神話』に興味を持った方もいらっしゃることでしょう。クトゥルフ神話の創始者と言われているハワード・フィリップス・ラヴクラフトは、1937年に亡くなっています。だからクトゥルフ神話はパブリック・ドメインとして扱われていますが、本当にそうなのでしょうか?

 前述のとおり、日本の著作権法は死後50年で保護期間が満了し、パブリック・ドメインになります。ラヴクラフトはアメリカの作家ですが、アメリカもベルヌ条約に加入しているので、日本国内では日本の著作権法が適用されます。ただし、サンフランシスコ講和条約による保護期間の戦時加算(約10年強)があります。それを考慮に入れても、日本国内においてラヴクラフトの作品がパブリック・ドメインなのは間違いないでしょう。

 ただし、パブリック・ドメインになっているのはラヴクラフトの書いた原典だけで、例えば東京創元社発行の翻訳版は二次的著作物なので、翻訳者に著作権があります。翻訳表現を利用して二次創作をすると、著作権侵害になる可能性があります。

 ではアメリカではどうでしょうか? 現在のアメリカの著作権法では、保護期間は死後70年です。単純に考えると、既にパブリック・ドメインになっているように思えます。ところが、法改正のタイミングや作品の発表時期によって、かなり事情が入り組んでいるのです。

 まず、1923年以前にアメリカで出版されたすべての作品は、パブリック・ドメインになっています。問題は1924年以降の作品です。実は1977年以前に発行された作品は死亡時起算ですらなくて、著作権満了は発行後28年など、更新登録されていれば同じく75年など、でした。

 それが、1998年に制定されたソニー・ボノ著作権保護期間延長法によって、1977年以前の作品は発行後95年か制作後120年のいずれか短い方ということになりました。1928年に発表された『ミッキーマウス』の保護期間がまだ満了していないのは、この延長法が理由です。

 ラヴクラフトの場合、実は生前に出版された作品は1つだけで、他の作品はすべて死後に設立された出版社アーカム・ハウスが出版し、著作権を管理していました。問題は、その著作権登録がいつまで更新されていたかはっきりしていないのです。アメリカでもさまざまな議論があったようですが、今ではパブリック・ドメインとして扱われており、二次利用で問題が発生することはまずなさそうです。

 ところが、アーカム・ハウスから出版されていた版には誤字や脱字が多く、後年になってラヴクラフト研究家のスナンド・トライアンバク・ヨシが大幅に校訂したものが発行されました(ヨシ校訂版)。日本の著作権法では校訂に創作性が認められる可能性はあまり高くありませんが、アメリカの著作権法では校訂も二次的著作物の一種としてみなされる(?)ため、ヨシ校訂版を元にして二次創作をすると著作権侵害となる可能性があるのです。

アメリカ著作権法101条(Definitions)
A work consisting of editorial revisions, annotations, elaborations, or other modifications which, as a whole, represent an original work of authorship, is a “derivative work”.

 よく似た事例に、クラシック音楽の楽譜が挙げられます。モーツァルトやベートーヴェンは数百年前に亡くなっており、その楽譜はパブリック・ドメインになっています。『青空文庫』と同じように、『国際楽譜ライブラリープロジェクト(IMSLP)』などで、無料配布されています。

 ところが、作曲された時代によっては音の強弱などの指示が書かれておらず、古い楽譜を見てもどう演奏していいかわからないケースがあるそうです。そこで、オリジナルの楽譜を校訂した楽譜が必要となるわけですが、そこに新たな解釈やアレンジが加えられると、二次的著作物になります。クラシック音楽の楽譜が無料配布されている一方で、同時に有料で販売されている場合があるのは、そういう理由なのです。



没になった理由は「アメリカの著作権法では校訂も二次的著作物の一種としてみなされる(?)」の部分がはっきりしなかったのと、それを調査しようと思う前に「そもそもアメリカの法律って本題にはあまり関係ないよね?」という指摘が入ったためです。うん、確かに知的好奇心は刺激される案件だけど、本題にはあまり関係ないですね(苦笑)。

このコラムの意図は「『パブリック・ドメイン』として扱われている古典作品って、本当にそうなんだろうか?」という問題提起でした。ハワード・フィリップス・ラヴクラフトを例にしたのが失敗だった。日本国内だけで考えられるようにすればよかったな、と今になって思います。

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