2014年9月11日木曜日

"電子出版のマーケティングを考える" を出版業界紙『新文化』2014年9月11日発行号に寄稿、完全版を公開します

東京国際ブックフェア2014の大日本印刷ブース

本稿は、出版業界紙『新文化』2014年9月11日発行号に寄稿した原稿の完全版です。文字数制限でカットされた部分を残し、文体をブログ向けに敬体へ修正しています。



値引き以外の手段でどうすれば売れる? 『4P』に基づき論考


紙の書籍・雑誌とは異なり、電子書籍は再販価格維持制度の対象ではありません。だから電子書籍は販売促進策として、値引きを用いることが多いです。値引きコストを負担しているのは、出版社の場合もあれば電子書店の場合も、両社で折半している場合もあります。2割引や3割引は珍しくなく、中には7割引という破格のセールもあります。

値引きは手間なくできて、効果の出やすい販売促進策です。ただ、安易に値引きを繰り返していると、ブランド評価を下げたり、通常価格で売れなくなったり、利益を圧迫したりします。では、値引き以外の手段で、どうすれば売れるでしょうか?

本稿では、マーケティング手段の代表的なフレームワークである『4P』に基づき論考します。要するに「何を」「いくらで」「誰が(どこが)」「どのように」売るのか? という話です。


製品施策(PRODUCT)── 売っていないものは買えない


初めに「何を」の「製品施策(PRODUCT)」について。何よりまず、ユーザーが欲しいと思う作品が市場へ供給されているかどうかです。ベストセラー上位に名を連ねている、東野圭吾氏、村上春樹氏、百田尚樹氏、西尾維新氏などの作品がまだ電子化されていないのは、電子書籍がなかなか普及しない理由の一つになっていると断言していいでしょう。売っていないものは買えないのです。

インプレス総合研究所は『電子書籍ビジネス調査報告書2014』で、2013年の電子出版市場を1013億円と推計していますが、そのうち8割はコミックとのことです。コミックはビッグタイトルが次々と電子化され、紙と電子が同日発売されることも珍しくありません。だからこそ電子コミックは売れているのです。著作権法改正で出版権が電子に拡大されたことが、作品供給拡大への後押しになることを祈るばかりです。

また、本の内容が重要なのは言うまでもありません。ただ、本は財を消費する過程で初めて特徴が理解できる「経験財」。表紙やタイトル・著者名はパッと見て分かりますが、内容を読まずに価値判断するのは困難なので、内容紹介や他者の感想などの付帯する情報(メタデータ)が重要な判断材料となります。電子書店によっては試し読みができない場合もあり、購入意欲を著しく削がれてしまいます。

これは電子書店に限らず、リアル書店にも言えることです。とくにコミックやライトノベルは、シュリンク包装した上で陳列されている場合が多いです。そこで電子書店アニメイトブックストアは、バーコードを撮影すると電子版の試し読みができるアプリを用意しました。実は、同様の仕組みはhontoやKinoppyなど他の電子書店でも提供されてきたのですが、リアル書店内での撮影は「デジタル万引き」「マナー違反」などと言われてしまう可能性がある矛盾も孕んでいるのが難しいところ。柔軟な対応が望まれます。


価格施策(PRICE)── 電子書店はサービス


次に「いくらで」の「価格施策(PRICE)」について。一般的に紙の本の販売価格は、コストの積み上げや類書の価格を参考にして決められます。しかし本来、ユーザーの認める価値と販売価格が合致するかどうかが重要です。

筆者は1年ほど前に、紙と電子の価格差を調査しました。紙と電子が同じ表示価格の場合もあれば、電子は安く設定している場合もあります。平均すると電子の表示価格は、紙の8割ほどでした。これは奇しくも、公正取引委員会が2012年11月から翌年2月にかけて、出版社に対し行ったアンケート結果と合致していました。このアンケートでは、紙に対し電子の希望小売価格は「八掛けくらいが妥当」という出版社が最多でした。すなわち、1年前の時点では「出版社が売りたい価格」が電子書店における表示価格になっていたわけです。

問題はこの八掛けが、ユーザーの認める価値と合致しているかどうか。これはもちろん、本のジャンルやターゲットとするユーザーにもよるでしょう。また、紙と異なり、物質を所有できず利用権の形で提供されるため、電子書店の閉鎖とともに消えて読めなくなるリスクに怯えるユーザーも多いです。DRM(デジタル著作権管理)の有無や、異なる電子書店間での本棚共有といった救済措置の有無も、価値判断に影響します。つまり、ユーザーは単に目先の安さだけに釣られるのではなく、電子書店をサービスとして判断しているのです。

電子書籍の販売で、ユーザーに最も近い位置に立っているのは電子書店です。電子書店側が販売価格の決定権を持っているホールセール(小売)モデルの場合、電子書店はユーザー動向を加味して販売価格を調整したり、短期間のセールで様子見したりします。

そういったユーザーの情報が出版社や著者にも共有されればいいのですが、電子書店だけが情報を握っていると言いなりにならざるを得ない場合もあるでしょう。それゆえ、出版社や著者自身が直販することにより、ユーザーの情報を取得していくようなことも必要となります。


流通施策(PLACE)── ほとんどのユーザーは固定客


次に「誰が」の「流通施策(PLACE)」について。作品の対象が浅く広い読者を想定しているなら、なるべく多くの電子書店で扱いたいし、専門性の高いジャンルはブランド構築のため専門店だけに絞るという戦略もあり得ます。インプレス総合研究所によると、半年以内に1店の電子書店しか使わなかったユーザーは6割、2店までで8割以上を占めます。

つまり、ほとんどのユーザーは使い慣れた電子書店で買い続ける固定客なのです。だから、どの電子書店がどういうジャンルに強いかを把握しておくことも重要でしょう。また、読み放題やレンタルなど、特殊な利用形態を提供している電子書店もあります。著者との契約次第ですが、単巻売りが厳しい場合に選択肢の一つとして有望です。

取り扱い点数や配信先電子書店が多いほど、手間を省くため電子取次を使うメリットは大きくなります。しかし逆に、介在する人が多くなるほど、情報の伝達速度は遅くなります。筆者の経験上、取次経由で価格や紹介文の修正を依頼すると、反映まで数週間かかることも珍しくありません。売上げ報告も、締めてから60日後や90日後です。

直接取引なら、価格や紹介文の修正は遅くとも翌日には反映され、売上状況は毎日確認でき、翌月中旬には確定数字が出てきます。直接取引できないとしても、せめて数日レベルで修正が反映可能なシステムにして欲しいところです。


プロモーション施策(PROMOTION)── SNSはコミュニケーションツール


最後に「どのように」の「プロモーション施策(PROMOTION)」について。マスメディアやネットメディアを使った「広告」、値引きやクーポンを使った「販売促進」、ニュースリリースや編集記事を用いた「広報」、ユーザーによる「口コミ」、そして関係者による「直接販売」などがあります。

販売促進策として、BOOK☆WALKERの『きせかえ本棚』はユニークです。購入特典として、そのシリーズ専用の本棚イラストがプレゼントされるため、コレクションとしての満足度が高いです。

ツイッターやフェイスブックに代表されるソーシャルメディアは、ユーザーも著者も編集者も同じフィールドに存在でき、作品の購入もインターネットでできるため、有効的なプロモーション手段です。ちょっとした空き時間で、著者や編集者が「手売り」できます。ただ、投稿内容がいつも商品の宣伝だけだと、ユーザーから敬遠されてしまいます。ソーシャルメディアはあくまでコミュニケーションのためのツールです。

小学館の『CanCam』がGoogle+を活用し、『新世代モデル』オーディションの一次選抜をユーザーが選ぶ形で行ったのは、コミュニケーションツールとしての特性をうまく活かした事例と言えます。

逆に「炎上」を恐れるあまり、ソーシャルメディアへ投稿する度にいちいち上司の決裁が必要な企業もあると聞きます。なんとバカバカしいことでしょう。即応性がソーシャルメディアの醍醐味です。現場を信用できず充分な権限と責任を与えられないのであれば、ソーシャルメディアの活用は諦めたほうがいいです。ましてや「電子書籍の拡販」など望むべくもないと断言しておきます。

※ 本稿はクリエイティブ・コモンズ 表示・非営利・継承 2.1 日本 (CC BY-NC-SA 2.1 JP) でライセンスされています。

『新文化』の定期購読はこちらから。

週間人気投稿

月間人気投稿