2012年2月25日土曜日

【書評】石黒浩さん、池谷瑠絵さんの「ロボットは涙を流すか」を読んだ。



先日、新宿高島屋のショーウィンドーで展示されたアンドロイドが話題になりました。こちらの製作者である、大阪大学教授の石黒浩さんによる著書です。動画を見て頂ければわかるとおり、怖いくらい人間にそっくりなアンドロイドの研究開発をされています。ロボット関係の本を読むと必ずといって言いほど登場する、この世界では有名な方のようですね。

ちなみに「はじめに」を読んで初めて、「映画と現実の狭間」という副題に気が付きました。最近の傾向としては、技術に比べて映画のほうが後れていると感じることがあるとか。目次を見ると、有名な映画やTVドラマ・アニメなどがぞろぞろ出てきます。観たことがない作品もありましたが、石黒さんの着目する点が「さすがアンドロイドの研究開発者」という感じがしました。


冒頭はちょこっと歴史の話。ゴーレムとか、フランケンシュタインとか、ホムンクルスとか、ピノキオなどの系譜から、「未来のイブ」のアンドロイドや、アシモフの「われはロボット」へ至る話が語られています。

二足歩行の人間そっくりなロボットなんてぜんぜん実用的ではないのに、なぜ人はロボットをつくりたがるのだろう?「ロボットとは何か?」……ボクが読んだロボット関連の書籍(そんなにたくさん読んだわけではないですが)は、こういった問い掛けから始まるものが多い気がします。

この問いかけは、「人間とは何か?」というところにフィードバックされていくんですよね。ロボットや人工生命を研究すると、脳科学・心理学・社会学・哲学などの「人間」に関する知見が広がる。逆も然り。まだ答えの見えない「わからないこと」って、ほんと面白いと思います。

技術の進歩は、人間の行なっていた作業を次々と機械へ置き換えていきました。いまはもう情報活動やコミュニケーションの分野まで入り込んできています。余談ですが、Twitter や Google+ にいる bot で、優れたものは人間の問いかけに対し的確に応答するんですよね。ちょっとびっくりすることがあります。そうなると、「人間にしかできないこと」って何だろう?という疑問がわいてきます。

石黒さんから、面白い問いかけがありました。
ロボットやロボット研究と聞くと、センサーの開発や制御や金属製のボディ作りというような限られたイメージの人が多いだろうし、SF映画が現実になるなんてどれだけ先の話かと思う人も多いだろう。そこでたとえばこう言ったらどうなるだろう――みなさんが毎日つかいこなしているロボットは何でしょう?――答えはケータイである。
人間の何かしらの側面を映し出している機械だから、というわけです。今後、携帯電話がどんな方向に進化していくだろう?というのを考えると、「ぼくらのよあけ」に出てきたオートボットや、「華竜の宮」に出てきたアシスタント知性体のような方向なんだろうなーと想像すると、携帯電話がロボットという主張も理解できます。

さて、映画「サロゲート」には、石黒さんとジェミノイド(石黒さんが作ったアンドロイド)が登場するんですね。知りませんでした。

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SF映画が「人間とはなにか」を表現する際に、ロボットから「人間らしさ」を構成する要素をあえて削ぎ落している。「サロゲート」で身代わりアンドロイドが本人と異なる見かけになっているのはそのせい。往々にして話が単純化されたり、問題が逸れてしまっている、と石黒さんは言っています。

「サロゲート」は人間より表情が少なく、感情も豊かに表現できないように描かれている。しかし、アンドロイドならむしろ、いくらでも表情を豊かにできる。映画だから、視聴者を混乱させないようにそういう描写にしたのであろう、と。エンターテイメントには「わかりやすさ」も重要ですが、研究者としては面映い部分でしょうね。

石黒さんが「サロゲート」を観ていて驚いたのが、映画の中で誰かが何気なくブルース・ウィルスに「サロゲートに似てきたね」というシーンだそうです。既にそれと全く同じことを自分が体験していたからだそうです。アイザック・アシモフさんがノンフィクションの中で「SFは、虚構の背景による文学の中でも、科学技術の進歩に対する人間の反応を論ずる文学のジャンル」と定義していたのを思い出しました。

もし石黒さんがSFを書くなら、「なぜ人々はロボットだとわかっていても人間とみなして受け入れることができるのか」を描いてみたいそうです。ボクはここを読んで、大好きな作品「ヨコハマ買い出し紀行」を思い浮かべました。

第2章では「スター・トレック」をべた褒めしています。ちなみにボクは新スター・トレック The Next Generation が大好きです。

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宇宙船のクルーが連絡を取り合うのに用いる胸に付けた「コミュニケーター」というバッジ、これはまさに携帯電話ではないか!とか、スター・トレックのコンピューターの特徴は、とても自然に人とコミュニケートできるところだ。だから観ていて、とても "生きている" 感じがする、とか。石黒さんが、データ少佐とご自分を重ねあわせているところや、データ少佐が娘を作るエピソードを語るくだりは、観たことがある人にはニヤリとできると思います。

第3章 不気味の谷を越えて では、愛・地球博のエピソードが語られています。出展したアンドロイド「リプリーQ1」に、お年寄りが「人間みたいなロボットはどこですか?」と話しかけたそうです。外見が人間そっくりで、仕草や応対も人間そっくりなら、見分けがつかなくなる=社会に溶け込めるということになってくるのでしょうか。

石黒さんが実際に自分の分身(遠隔操作できる)である「ジェミノイド」を作ってみると、その体験は『のりうつる』ような感覚だったそうです。面白いのは、学生たちが操作した方が、石黒さんの癖をよく知っているので、「石黒さんらしさ」のリアリティが増すそうです。

ジェミノイドを遠隔操作していると、まさに「本人だ」という感覚が起こるのだとか。これは、ちょっと前に読んだラマチャンドランさんの「脳のなかの幽霊」にも似たようなことが書いてありました。人間の身体イメージは簡単に書き換えられるので、例えば机を叩きながら、見えないように同じリズムで右手を叩くと、机に自分の感覚が投射される、とか。

こういった話の流れで「マトリックス」が登場します。

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現実だと思っていた世界が、コンピューターによってプログラムされた仮想空間だった……この辺りの話は、今ならよく話題になる AR 技術ともつながってきそうですね。

第4章 ロボットの森へ では、「ターミネーター」の腕に対する考察がなされています。「ターミネーター」の腕は、今の技術から類推するに、さほどの力は出ないそうです。人間の腕の筋肉は、見かけによらず精巧で力強いので、ロボットでこれを作ろうとすると、たくさんの強力なモーターを入れなくてはならず、手だけでかなりの大きさになってしまうとか。この辺りはまさに技術者の視点ですね。

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「A.I.」で強烈だったのはセックスロイドという設定だけで、あとは実際のアンドロイドとはかけ離れた描写が多かったと、石黒さんは不満気です。ただ、それはSF映画のジレンマ、と。現在の観客がイメージできる範囲でしか描くことができない。受け入れてもらえなくなってしまう、とも言っています。

「トランスフォーマー」は、ハリウッド映画のシナリオとしては珍しく、最初から最後まで「オートボット」は人類の味方。あの変形シーンを見て石黒さんは、二足歩行の人間らしい形態にこだわらない、仕事に応じて大胆に形態を変形できるロボットを開発してみたくなったそうです。

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第5章 人とアンドロイドのあいだ では、今までのボクに無かった意外な視点が提示されます。ロボットが、人間が構成している社会の一員として認められること、コミュニケーションの輪に入れることで、「こころ」を持っていると判断すればいいのではないか?と。つまり「人間」というメンバーシップの範囲が、徐々に拡張されていくのでは?というのです。

例えば、涙を流す機構を持っていないロボットが「どうして僕は涙を流せないのだろう」と苦悩している様子を周囲の人々が気付くことができたら、実際に涙が流せるかどうかに関わらずそのロボットには既に感情がある、ということでしょう。クオリアは存在するのか?といった出口の見えない問いかけよりも、石黒さんの考え方のほうがすんなり受け入れられるような気がしますね。

さて、映画の中に登場するロボットの社会的な役割を考えると「人間とは何か?」にせまる興味深い点が見えてくるそうです。そういう文脈で「スター・ウォーズ」が「いい手本」として登場します。ロボットを造形する際に、どういう役割にどういう見かけが必要なのか、それがどのように動けば自然に見えるのかといったことが、非常に練り込んである、と。だからC-3POやR2-D2に、豊かな感情を読み取ることができるのだ、と。

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涙が流せなければ、動作で悲しさを表現すればいい、ということなのでしょうね。

第6章 ロボットの生きる道 では、石黒さんの「アンドリューNDR114」に対する思い入れが語られています。人間になりたかったロボットの話です。

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ロボットに競争心を入れると、自我を持ったように見えるのではないだろうか?ロボットの権利はロボットが自ら獲得するものではなく、周りの社会が与えるものだ、などなど。映画の中のエピソードを交えながら自説を展開しているので、思いっきりネタバレしています。ボクはこの映画を観たことがなかったのですが……まあ、結末を知っていたとしてもそれはそれで楽しめると思うので、今度レンタルしてこようと思います。

石黒さんは、脳の中でいろんな機能が発達してから社会関係が作られたのではなく、社会関係から影響を受けながら脳が発達したと考えているそうです。人間の社会関係をきれいにモデル化できれば、ロボットには人間の脳を構造的機能的に完全に模したものは要らないのかもしれない、と。ボクは恐らく、遺伝子のような予めプログラムされたものと、周囲の環境から後天的に獲得するものの、両方が必要なのではないかと考えています。

第7章 人とロボットが出会う街角 では、「攻殻機動隊」が紹介されています。

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「攻殻機動隊」の義体と電脳が実現した世界では、「人間とは何か?」という生物学的な定義が崩れてしまうことになるでしょう。機械化した人間と、ロボットの細胞、どっちが人間らしい? これは「攻殻機動隊」を観た人の多くが感じることだと思います。

何か具体的な結論がある、というような書籍ではないのですが、最先端のロボット研究をしている方が、SF作品をこういう視点で観て、こういったことを感じていて、それをロボット研究にフィードバックしようとしている、というのがわかる1冊でした。ロボット研究者によるSF映画評論、みたいな。

また The Next Generation を観たくなってしまいました。


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