【書評】石黒耀さんの「死都日本」を読んだ

国会の災害対策特別委員会に参考人招致された方が「火山学的な記述についても、非常に正確を期している小説」だと言っていた、という話を Twitter のタイムラインで見かけ、興味を持ちました。2002年に第26回メフィスト賞、2005年に第15回宮沢賢治賞(奨励賞)を受賞した、石黒耀さんのデビュー作です。

死都日本 (講談社文庫)

死都日本 (講談社文庫)

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石黒 耀

講談社

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Amazon で買って、届いてびっくりしたんですが、本文で600ページを超えているんですね。

文庫本でこのぶ厚さはなかなか見かけません。迫力満点です。読むのに相当パワーが必要だなーと思っていたのですが、読み始めたら面白くて一気に読んでしまいました。

「死都日本」で噴火する霧島連山ですが、実際今年に何度か噴火していたんですね。東日本大震災のインパクトがあまりに大きくて、印象から薄れていました。

新燃岳ルポ 降灰・・・戦い終わらず

http://photo.sankei.jp.msn.com/essay/data/2011/02/0228sinmoedake/

近年の日本で犠牲者が出た噴火というと、雲仙普賢岳の火砕流が有名です。

44名が犠牲になったこの噴火は、報道関係者が避難勧告区域を無視して現地に留まったため、警備にあたっていた警察官や消防団の方々も巻き込まれてしまったという惨事です。これだけ鮮明な映像で記録されたのは世界初だったので、「火砕流」という言葉とともに人々の記憶に刻みつけられました。

しかし、この火砕流は歴史的に見れば噴出量100万立方メートル程度の「小規模」なものです。

大きな地図で見る

「死都日本」の冒頭で紹介されている、約2万5千年前に発生した姶良火山の破局的噴火は、噴出量4千億立方メートル、普賢岳火砕流の40万倍の規模です。上記の地図で表示している桜島を含む鹿児島湾の丸い湾入は、その姶良火山噴火跡のカルデラなのです。あまりの規模の大きさに、自分の想像力が全く追いつきません。阿蘇山の外輪山を見た時にも、同じようなことを感じました。阿蘇と姶良は同じくらいの規模みたいですね。本作は、そういった規模の噴火が現在の日本で起きたらどうなるか? というのを描いた壮大なシミュレーションです。

面白いのは、「古事記」や神話などで言い伝えられている場面の多くが、火山噴火の様子を後世に伝えるものであるという説を、小説の中の描写に使っている点です。少し文中から引用します。

 外へ出た途端、黒木は火山灰の性状が変わっていることに気付いた。先程までの火山灰は霧滴より小さく、油煙のように風に乗って流れていたが、今では五ミリ程の大きさで、雪虫かマリンスノーのようにフワフワと宙を漂っている。

(中略)

「まるで『狭蝿』ですね」

 岩切が感心したように呟いた。『狭蝿』とは古事記に登場する正体不明の飛翔物体である。文中の二ヶ所、それも噴火災害を特に連想させる場面に登場する。

(中略)

 前者は、スサノオが泣き喚くと山が枯れ、海と川が干上がり、『悪しき神の音、狭蝿の如く皆満ち、万の妖悉に発りき』という形で出現する。後者はアマテラスがスサノオの乱暴に脅えて岩屋戸に隠れたために、『これによりて常夜往きき。ここに万の(邪)神の声は狭蝿なす満ち、万の妖悉に発りき』という形で登場する。

(p342-343)

こういった古代の伝説を現代に関連付けるやり方は、話中で何度も登場します。アメリカの大統領に呼び出された火山学者がアトランティス大陸の話をしたり、日本の首相が世界に呼びかける放送でイザナキ・イザナミやアマテラスの伝説を引用したり。これが、大昔から自然の猛威にさらされてきた人類の歴史の重さと、それが現代の日本に起きているという話中の事実と結びついて、話に深みを持たせているように感じました。

本作には、危機に瀕した日本を救うべく獅子奮迅の活躍をする政治家や官僚が登場します。これは小松左京さんの「日本沈没」を読んだ時にも感じたことですが、東日本大震災以降の政治家の働きぶりを目の当たりにすると、こういうのはやはりフィクションの中だけの世界なのかな、と暗澹たる気持ちになります。地震に比べると火山は予知がしやすいらしいのですが、破局的噴火が予測された段階で、後々必要となることをこれだけ事前に準備しておけるような「政治」なんて、実際にはあり得ないだろうなーと。エンタテインメントとしては面白い作品なのですが、現実との比較で読後なんともいえない喪失感を味わいました。

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